Q
半年前に父が亡くなり,母と2人の子が相続人です。父は自宅以外にマンションを所有し賃貸しており,父の生前に未回収だった滞納家賃が約100万円あります。また,父の死後も毎月50万円の賃料収入が発生しています。進行中の遺産分割協議では,兄が単独でマンションを取得する予定で,兄は,マンションを取得する自分がマンションの賃料も全額もらうと主張していますが納得できません。兄の言い分は正しいのでしょうか。
Q
半年前に父が亡くなり,母と2人の子が相続人です。父は自宅以外にマンションを所有し賃貸しており,父の生前に未回収だった滞納家賃が約100万円あります。また,父の死後も毎月50万円の賃料収入が発生しています。進行中の遺産分割協議では,兄が単独でマンションを取得する予定で,兄は,マンションを取得する自分がマンションの賃料も全額もらうと主張していますが納得できません。兄の言い分は正しいのでしょうか。
A
1 相続開始前に発生した賃料債権の処理
相続財産から発生する賃料については,相続開始(被相続人の死亡)前に発生した賃料債権と,相続開始後に発生した賃料債権とを分けて考える必要があります。
一般に,相続財産としての金銭債権は遺産分割を待たず,共同相続人間で法定相続分に応じて当然に分割されます(当然分割説。最判昭和34・6・19民集13・6・757)。
相続開始前に発生した賃料債権は,相続開始時において単純かつ具体的な金銭債権に過ぎません。したがって,相続開始前の賃料債権は,共同相続人各々の法定相続分に応じて当然に分割され,各共同相続人は自分の相続分に応じた金員を取得することになります。
2 不動産の処理
不動産の所有者が死亡するとその不動産の所有権は相続人に移転し(民法896条),相続人が複数ある場合は遺産分割が完了するまでの間,共同相続人間の共有となります。その後,遺産分割が成立すると相続開始時に遡って遺産分割の効果が生じ,不動産取得者が所有者としての地位につきます(民法909条)。
このように,不動産の所有権取得の効果が,相続開始時まで遡るとすれば,相続開始以降に不動産から発生した賃料も不動産取得者に帰属するようにも思われます。他方,金銭債権としての性質から,相続開始前の賃料同様に共同相続人間で当然に分割されるという立場も有力であったところ,最高裁の判断が示されました。その概要は次のとおりです。
3 最高裁による判断(最判平成17・9・8民集59・7・1931)
1)遺産から生じる賃料は,遺産とは別個の財産である。遺産から生じる賃料は,相続開始によって遺産共有となった財産を共同相続人が相続開始後に使用管理して収取されるものであるから,遺産とは別個の財産であって,共同相続人の共有財産である。
2)各相続人が不動産の持分割合(法定相続分)に従って賃料の持分を取得する。共有物の使用収益は,各共有者がその持分に応じてすることができるものだから,遺産共有の状態にある不動産から生じる賃料は,原則として,共有者である共同相続人が不動産の持分割合に従って取得する。
3)各相続人が持分に応じて取得した賃料債権は,確定的に各人に帰属し,その後,遺産分割が成立し,不動産所有権が相続開始時に遡っても,その影響を受けない。
この最高裁判断によれば,相続開始以降遺産分割までの間に相続財産である不動産から発生した賃料は,相続開始前に発生した家賃と同様に,共同相続人各々の法定相続分に応じて当然に共同相続人間で分割取得することになります。
もっとも,相続人間の合意があれば,賃料を遺産分割の対象として自由に分割割合を決めることも可能です。したがって,相続人全員の同意により特定の相続人に賃料すべてを取得させるという取り決めもできます(東京高決昭和63・1・14家月40・5・142)。
4 問いに対する回答
ご質問の事情では,不動産を取得した兄が,相続発生前後の賃料債権もすべて自分が取得すると主張していますが,まず,相続発生前の賃料債権については,不動産を相続する者が当然に取得するわけではありません。
また,上記のとおり,相続発生後の賃料債権も,最高裁判例によれば不動産とは別個の相続財産であり,賃料は法定相続割合に応じて共同相続人間で分割されるものです。
母と子二人の法定相続分は,母が2分の1,子がそれぞれ4分の1ですので,相続開始前の賃料・相続開始後の賃料のいずれについても,この法定相続割合を乗じた金額を各々が取得します。なお,相続開始前の賃料は相続財産にあたるため,当然に遺産分割の対象であるのに対し,相続開始後の賃料は相続財産に含まれず遺産分割の対象ではありません。
もっとも,相続人全員の合意があれば相続開始後の賃料も遺産分割の対象として扱い,同時に解決することが可能です。この場合は,上記の取得割合を前提に共同相続人間で遺産分割協議を進め,合意が形成できない場合には家庭裁判所の審判によって決せられることになります。他方,共同相続人間で相続開始後の賃料を遺産分割の対象とする旨の合意ができない場合は,相続開始後の賃料については家庭裁判所ではなく地方裁判所における民事訴訟によって帰属を決することになります。
なお,このような処理はあくまで遺産分割が完了するまでの間に限られ,遺産分割が完了し不動産が特定の相続人の所有となった後に発生する家賃については,その相続人が単独で賃料を取得します。
「参考文献」
潮見佳男『相続法第二版』弘文堂
安達敏男・浦岡由美子・國塚道和『Q&A相続・遺留分の法律と実務』日本加除出版
片岡武・管野眞一『家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』日本加除出版
東京弁護士会相続・遺言研究部『遺産分割・遺言の法律相談』青林書院