Q
母は,楽しみにしていた私の卒業式の日,赤信号を無視して交差点に突っ込んできた車に跳ねられ死亡しました。母の相続人は一人娘の私だけです。母を失った私の悲しみも大きなものですが,母自身もどれだけ悔しかったことかと思うと夜も眠れません。私自身の心の痛みに対する慰謝料とは別に,母の苦痛に関する慰謝料を,母の相続人として,加害者に対して請求できませんか。
Q
母は,楽しみにしていた私の卒業式の日,赤信号を無視して交差点に突っ込んできた車に跳ねられ死亡しました。母の相続人は一人娘の私だけです。母を失った私の悲しみも大きなものですが,母自身もどれだけ悔しかったことかと思うと夜も眠れません。私自身の心の痛みに対する慰謝料とは別に,母の苦痛に関する慰謝料を,母の相続人として,加害者に対して請求できませんか。
A
1 交通事故による損害賠償請求権の相続の可否
交通事故によって損害を受けた被害者は,民法上の不法行為責任に基づき(民法709条),加害者に対して損害賠償を求めることができます。具体的には,治療費,逸失利益(生存していれば得られたであろう利益),そして,慰謝料等が考えられます。
死亡した被害者の慰謝料請求権の相続の可否について,過去の判例は,被害者が死亡の前に損害賠償請求の意思を表示した場合に限って慰謝料請求権が発生し,これが相続人に承継されるが,意思表示がなかった場合には,慰謝料請求権は発生しないとしていました(大判昭和2年5月30日新聞2702・5)。
しかし,これに従うと,強い衝撃を受けたはずの即死被害者は意思表示ができないために慰謝料請求権が発生する余地もないということになります。このように,死に際の言動や状況に慰謝料請求権の発生が左右されるのは,いかにも不合理ではないかという批判が強くなされてきました。
そこで,昭和42年に最高裁は判例を変更し,不法行為によって被害者が死亡した場合,死に際の言動にかかわらず,死の瞬間に死亡(の苦痛)に対する被害者の慰謝料請求権が発生し,これが相続人に承継されると判示するに至りました(最大判昭和42年11月1日民集21・9・2249)。
2 ご質問について
上記のとおり,交通事故による損害賠償請求権は,被害者が死亡した場合の慰謝料請求権を含め,すべて相続の対象となります。
したがって,ご質問者は加害者に対し,ご質問者自身の(母を亡くした)苦痛に対する慰謝料とは別に,亡くなった母親の治療費,逸失利益,そして母自身の死亡の苦痛に対する慰謝料等の全損害につき相続人として賠償請求することができます(仮に母親に事故に関する過失がある場合はその割合に応じて過失相殺されます)。
なお,不法行為に基づく損害賠償請求権は不法行為時(死亡事故の場合は死亡時)から起算して3年で時効消滅しますので(民法724条)ご注意ください。
「参考文献」
潮見佳男『相続法第二版』弘文堂
高岡信男『相続・遺言の法律相談』学陽書房
東京弁護士会相続・遺言研究部『Q&A相続・遺言110番第3版』民事法研究会